今治城とB級グルメ
今治城は築城の名手、藤堂高虎が築いた日本三大水城(今治城:愛媛県今治市、高松城:香川県高松市、中津城:大分県中津市)のひとつです。
堀に海水が引き込まれていることから、堀にサメが出没したこともあるそうです。
また、今治城で目を引いたのは、「勘兵衛石」と呼ばれる巨大な鏡石です。
鏡石の大きさは、訪れる者に城主の威厳を示すものと言われていますが、この鏡石は見事です。
ブログの趣旨から、本来ならばここで城麺と行きたいところですが、この当時は麺類にこだわる前だったので、今治のB級グルメ「焼豚玉子飯」にチャレンジ。
お店が中華料理店だったので、これって中華料理なの?と、不思議な見た目でしたが、食べてみると期待通りの自分好みの味。焼豚と半熟玉子とご飯にチャーシューの煮汁を使ったタレがかかっており、美味くない訳がありません。
お腹を満たした後は、小説「村上海賊の娘」の聖地に向かって、「瀬戸内しまなみ海道」入ります。
「村上海賊の娘」の居城を目指して
「しまなみ海道」は愛媛県今治市と広島県尾道市を結ぶ道路で、瀬戸内海の大小様々な島を繋いでいます。
「村上海賊の娘」の題材になったのは、能島村上氏で「しまなみ海道」が通る伯方島と大島の間にある能島に居城がありました。(現在は無人島)
「村上海賊の娘」は著者 和田竜氏で、当時は本屋大賞を受賞。100万部突破の話題作で分厚い上下二巻を一気に読み終えた記憶があります。海賊とも水軍とも言われていますが、海を領地にしたような戦国大名のような存在で、日本にそんな集団が存在したこと自体、驚きでした。
能島には直接上陸することは出来ませんでしたが、大島の村上水軍博物館から能島水軍潮流体験船が出ているので、これに乗って近くまで行くことが出来ます。
潮流体験
潮流体験船の乗ってみて、ビックリ!
ここは海ではなく川です!しかも激流の川です!
「村上海賊の娘」にも瀬戸内海の海峡の潮流はすさまじく、当時の帆船を操ることは困難を極めたとありましたが、まさに実感です。帆船でも手漕ぎの船でも操縦することは不可能と思われました。
瀬戸内海とは穏やかな内海で、タコやタイが取れる優しい海というイメージが吹っ飛びました。
「村上海賊の娘」を読んで、水軍の痕跡を見たい一心で今回の旅を企画しましたが、今回の経験は大満足です。
この後、伯方島へ。
伯方島も大変美しい島でした。特にこの夕日は格別。絶景です!
能島城は続日本百名城ですが、当時は続百名城のスタンプ収集してませんでした。
ぜひ、近いうちに再チャレンジしたいです。
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